社会におけるルール設定
歴史的には、社会におけるルール設定、社会秩序の維持という機能を宗教が果たしてきた、という例は多い。 西欧社会におけるキリスト教もそうであったし、日本においても、奈良仏教、江戸期仏教、は体制と宗教が一致して、ルール設定、社会秩序維持をおこなっていた。 イスラム教でも、同様である。 宗教と法律は、もともと、機能としては近い関係にあるものだ。 ただ、法律は宗教とくらべると、以下の点では、かなり劣る。 1 ロマンの点で劣る 宗教は、現世のみならず、死後の世界、未来の世界、全てを支配するという、まことに気宇壮大なものだ。 これに対して、法律は、「となりの木の根が塀を超えてきたら...」というような、まことに、せせこましく、庶民的なものだ。 2 正当性の強烈さにおいて劣る なにしろ、宗教上のルールは、全知全能の神が、「こうしろ!」と、全人類に対して命令したものだ。 違反すると、死後は地獄におくられて、未来永劫、火あぶりにされつづけるるというのだ。 これは、こわい。 これは、まもらざるをえない。 これに対して、法律は、たかだか、国会でエライ人が、多数決や政治的取引でもって、決めたというものにすぎない。 違反しても、警察の人に怒られたりする程度。 3 目的意識において劣る 宗教では、神は全人類の救済をしてくれるというのだ。 善人も、悪人も、弱いものも、救済してくれるという。 崇高な目的意識である。 これに対して、法律は、特定の目的意識は、そもそもない。 また、なにかを救済するという発想は、そもそも、薄い。 まあ、日本国憲法では、「最低限の文化的生活」は保障してくれているが...- 次のページへ:過払い金を訴訟で取り戻そう
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